プロフィール

kazuki kaneko

<プロフィール情報>
職業:フリーランス(WEBなど)
趣味:スパイスカレー作り

<ステータス>
年齢:27歳(1998年6月生まれ)
身長:181cm
体重:74kg

<陸上歴>
小学:3年生〜卒業まで地元吹田市のクラブチームに所属。(800m)
中学:陸上部に3年間所属(1500m/3000m/駅伝)
高校:陸上部に3年間所属(1500m/5000m/5000mW/駅伝)

<記録(ざっくり)>
800m:2分10秒台(高校時代)
1500m:4分10-20秒台(高校時代)
3000m:9分10-20秒台(高校時代)
5000m:完全に忘れた
5000mW:22分台(高校時代)

BACK TO RUN

ランナーとして復帰した経緯

一緒に仕事をしている先輩がランニングを始めたのがきっかけです。

一緒に仕事をしている諸先輩方が色々と趣味の合う方達で、普段からキャンプに一緒に行くなど仕事以外での趣味活でも大いに遊んでいただいておりました。

そんな先輩の中でトライアスロンにずっと挑戦している方がいらっしゃり、その方がトレイルランニングにハマったことをキッカケに、僕もなんとなく挑戦してみたいと思い、市民ランナーに復帰することを決めました。(2026年1月4日)

誘っていただいた先輩方は地元吹田市でランニングチームを作ろう!というくらいの勢いがあり、僕はそういう勢いのある感じの活動が好きなので乗っからせてもらうことに。

とはいえ自分は何事も継続するのが苦手でして、そんな自分にそろそろ嫌気もさしてきたので、ランニングに加え、このブログも景気付けに勢いで作ってみたといった感じです。

陸上が嫌いになってやめた訳ではなく、実は「もうちょっと自分の記録を出してみたいな」と思ったり、Youtubeなどでたまに流れてくる陸上関連の動画を見て「もっとこういう挑戦というか、検証とかもしてみたかったな」と思ったりしていたので、まだ身体が自由に動きそうなタイミングでやっておいてみようとも思ったので、とても良い機会だと思っています。

陸上をやっていた期間は小学3年生から高校の3年生の約9〜10年くらいで、高校を引退してからは実に10年弱のブランクがあります。

この状態からどこまで復活できるのかというのも含めて気になってしまいましたので、一般市民ランナーができる範囲でどこまで行けるのか?という検証をこのブログを通してやっていきたいと思います。

よろしくお願いいたします!

僕の陸上歴

以下には、今までの陸上歴を雑に振り返り、思い出せる限りで記録も記載しています。
雑にネット検索なども駆使しましたが、自分の自己ベストが見つからない箇所もあったので、記録の記載についてはかなりいいかげんです。

自分の自己ベストを把握せずにこのまま死んでいくのもちょっとアレなので、マラソン以外にも公認記録が取れる記録会などにも出てみたいなって思ってます。

小学生時代(小学3年〜6年生)

小学1年生の頃はサッカー部に入りたいなとなんとなく思っていましたが、当時クラブチームなどに所属している友達と一緒に公園で放課後サッカーをしている際に自分が絶望的に球技に向いていないことに気づき、ずっとゴールキーパーをやらされていました。

そこから3年生に上がったタイミングで小学校の部活、クラブチームに入れる年齢になったので、長距離走が異常に早かった兄の影響で陸上のクラブチームに参画することになり、陸上人生がスタートしました。

小学校6年生の段階で学年のマラソン大会で1位になるくらいのレベル(約130人中)で、800mでは2分30秒強くらいの走力を有していました。

全国大会大阪予選のロードの1600mの記録は5分20秒くらいだったので、正直この頃はまあまあ早い方だったと思います。

中学生時代

当時の記録(だいたい)
1500m:4分37秒
3000m:9分58秒

身体の成長が遅かったせいか3年間記録に伸び悩み、1000m未満の中距離走では400mなどを専門とする同級生にもスピード負けしてしまうレベルだったので、振り返っても陸上の記録において誇れる記録はほぼありませんでした。

陸上とは関係のない余談なのですが、僕はボーイスカウトや地域のボランティア活動などに積極的に参加するタイプの少年だったので、将来的には地域活動やボランティアをしている人たちを支援できるような仕事をしたいと志すようになりました。

陸上でも勉強でも全くといっていいほど成果を出せなかった僕は、その辺りをそっちのけで将来はボランティアとかそういうことをしている人を支援できるような人になろう!と雑な目標を掲げ、なんとなく起業という夢を追うために商業系の高校に進学します。

高校生時代

1500m:4分20秒台
5000m:完全に忘れた
5000mW:22分台

中学生時代の散々な結果もあり、あまり陸上に強い思い入れがなかったので、生徒会活動やその他の夢に向けての行動をたくさんしていた時期になります。

新設の商業系の高校に進学し、陸上部に顧問はいるが練習メニューは全部自分たちで決めるといったような、誤解を恐れずに言うとエンジョイ勢がやるゆるふわ陸上部に所属していました。

記録は大して良くなかったものの、なまじ陸上歴だけはそこそこ長かったのでこのタイミングで陸上を辞めるという選択肢はありませんでした。

心肺機能の健康診断結果が悪かったなどのトラブルはあったのですが、競歩にもチャレンジするなど。自分なりにゆるりとしたチャレンジを続けていました。

競歩では一瞬ですが1年生の同学年中府内4位くらいの成績を出せたりもしましたが、まあこれは競技人口が少なかったからに過ぎません。(5000mでギリギリ23分台くらいだった気がします。)

それよりも競歩が僕にもたらしてくれた恩恵は、関節の使い方を勉強して如何にして合理的に歩くかを追求できたことです。

走るとは何か。どういうことなのかという「走り方を科学する」という概念にここに来てやっと出会いました。

この瞬間までは、小学生から中学生時代。用意された練習メニューを疑いもなくただただ熟すだけという陸上人生だったので、ここらへんで自分で物事を考えるという面白さに出会いました。

自分で仮説を立てて、検証を繰り返すと言う楽しみは、陸上競技のみならず、仕事や趣味など。今後の人生をより有意義なものにする発見だったので、僕の陸上人生はこのためにあったかもしれないと思うくらいのインパクトでしたね。

ゆるふわ部活で自分で練習メニューを好き勝手にしていい環境が功を奏しました。

以降の人生

それからは運動とはほぼ無縁というくらいの人生を過ごしてきました。

自分の将来の夢を叶えるために、20歳でWeb系の領域で起業(法人化)、そこからは目の前の仕事をこなしながら、新しい趣味であるスパイスカレー作りに没頭したり、友達とキャンプに行って遊んだりと、割と充実した人生を送っていました。

しかし、毎年正月に箱根駅伝のテレビ中継を見たり、youtubeのショート動画で陸上競技系の動画が流れてくるたびに、「もし自分が今ランナーだったら」などを考える瞬間がありました。

後悔というべきか、心残りというべきか。そのようになんとも文言化しにくい感情になる瞬間がありました。

小学6年生の頃は教室の後ろの壁に貼っていた「みんなの将来の夢」にマラソン選手と書いていた自分。齢十数歳当時、あれだけ熱中していた競技に対する熱量は簡単には消えなかったようです。

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